an attic

自分が愛するものを覚えておくための

scandinavia-mania:

Swedish Pastoral by Anders Mohlin on Flickr.

ヒマラヤ

そこにあったのは、ただただ抜けるように青い空と、岩の巨壁、雪解けの奔流。ただそれだけ。

村は岩山のすそに張り付くように作られ、川に近い一帯ははほぼ隙間なく畑が作られている。

村の中に通る手作りの水路がいったいどこまで伸びるのかとたどれば、10キロばかり先の上流に繋がっている。山の中腹に岩でみっしりと密に築かれた水路に沿うように段々畑が営まれ、大麦と野菜が育てられていた。

まず気づかされたことは、自分の中の「自然」の概念が「森」であったということだった。自然の中でも、森は特段に優しい類の「自然」である、と意識していたつもりだった。しかし、森のない世界がどれほど生命に対してドライな顔を向けるのか、私には想像すらできていなかった。

森は母だ。森は恵みだ。森は荒々しく人の命を奪うこともあるけれど、命を「はぐくみ」、「包容」し、私たちに「与えて」くれる。

私が今目の前にしている岩の世界とは、全く違う。

空は青すぎて重く、太陽の光は瞳を突き刺すように飛び込んでくる。標高3700メートルの空気はからからに乾いて、喉と鼻の水分を奪っていく。皮膚は油で守らなければ、たちまち水分を奪われ、硬くひび割れていく。

岩山には生命の気配は薄く、山に張り付いたような砂の部分にようやく筋張って堅そうな潅木が生えている。谷底には冷たい雪解け水が流れていて、その水の恩恵を直接受けられる部分にだけ、淡い色をした花々が咲いているが、少し離れればもうそこは乾燥の世界だ。

「世界」と、「私」の対峙。

この世界の中で、自分の足で立つ事をやめた瞬間に、私という存在はなくなる。命は、支えられることもはぐくまれることもなく、あっさりと簡単に吹き消される。

この強烈な乾燥の中では共存する、なんて甘ったれたことを言っている間に死ぬのだな。と思った。

人間の手で、自然を、改変する。自分たちが生きられるよう、自分たちの手で自然をコントロールする。

村の人々は私の目から見ると、広い谷間中をあたかも自分たちの庭のように自在に、壮大なスケールで手なずけているのだった。

Bali, Nusa penida Nov.2012, a set on Flickr.バリの記憶
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Bali, Nusa penida Nov.2012, a set on Flickr.

バリの記憶
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Tibetan Lhacham, Tibet [c1879] Sarat Chandra Das [RESTORED] by ralphrepo on Flickr.
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rauðahverfið by atliegilsson on Flickr.
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Remarkable Costume at 4th Khampa Arts FestivalOrnamented Dude at 4th Khampa Festival in Kangding 2004Ornamented Dude at 4th Khampa Festival in Kangding 2004Ornamented Women at 4th Khampa Festival in Kangding 2004

BetterWorld2010’s photostream on Flickr.

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Gilded Khampa Women at Lithang Horse Festival by BetterWorld2010 on Flickr.
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Mongolia Falconry Kazakhs

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Mongolia Falconry Kazakhs

(元記事: sashastergiou (goyouから))

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Reflections from a vanishing day by steinliland on Flickr.
laetitiabocquet:

i just really like treehouses…

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